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Swiss Railway station clock

History

Since 1944

スイス全土3000カ所の駅のプラットフォームに設置されている「スイス レイルウェイ ステーションクロック」。1944年に、エンジニア兼スイス国鉄の社員ハンス・ヒルフィカーがデザインしたこの駅の時計は、今年で誕生75周年を迎えます。
モンディーン社が1986年にデザインを受け継ぎ、腕時計へと姿を変えた現在も、世界中で愛されています。

――その赤く丸い秒針はスイスの駅で時を刻んできた。
時計を一周した秒針は少しの間止まり、分針が新しい時を刻み始めるのを待って動き出す――

この、少し風変わりな時計をつくったのがスイス人デザイナー、ハンス・ヒルフィカー。スイス現代史に残るデザインを生み出した人物です。厳格なエンジニアでありながら、ユーモアと人生の喜びを大いに享受するセンスに長けていた彼は語ります。

駅の時計が腕時計になるなんて、
まるでジョークみたいではありませんか

駅の時計が、スイス鉄道の象徴として愛され、かつ我々の生活に親しまれることになったのは、ウィットとユーモア、そして偶然の出来事が重なった奇跡によるものでした。

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ハンス・ヒルフィカーは1932年、SBB(スイス連邦鉄道)に技術者として着任しました。当時、駅の時計はどれも不正確で列車の運行にも支障をきたしており、スイスのすべての駅のすべての時計を同期させるための技術開発が、彼に課せられた任務だったのです。

駅の時計のずれは、それぞれが独立して動いているためでした。ヒルフィカーはまずマスターとなる時計を設定し、それにすべての時計の時間を合わせるため電話回線網を活用することにします。

ただ、マスター時計からは毎分信号が送られ分針を動かしますが、独立したモーターで動かしている秒針だけはまたズレが生じる可能性がありました。そこでヒルフィカーはあえて58.5秒で一周する秒針を作ります。それは、秒針が進み過ぎたり、遅くなったりした場合でも、分針の信号に合わせられるように、1.5秒動きを止めて“待ち時間”をつくるためでした。

そうして分針が1分間に一度、電話回線からの信号で12時の位置にきた時に、秒針は再び、分針とともに動き出すのです。

インデックスと正確に合わせられない秒針の動きを巧みに隠すかのように、先端に赤い円がデザインされたのは、視覚的なトリックであったともいえます。また、この秒針のデザインは、当時スイス国鉄の駅員が列車の発車を合図する際に使用していた発車灯をイメージしています。

秒針が一時停止し、分針がジャンプするように進む駅時計はとても象徴的な存在です。技術が進化して久しいにもかかわらず、SBB(スイス連邦鉄道)はこの時計を現在も維持しつづけています。ここまで長く愛されたのは、技術面から派生した美しさに、ウィットやユーモアがかけ合わされたためかもしれません。

こうして、ハンス・ヒルフィカーは1944年、彼自身の名を世界に知らしめることになるスイス鉄道駅の時計を開発しました。

それ以来、スイスの電車は正確に運行するようになったのです。

ハンス・ヒルフィカー

ハンス・ヒルフィカーは1901年9月15日、スイスのチューリッヒで生まれ、両親が経営していた宿で育ちました。子どもの頃の寝室からは、聖ヤコブ教会の時計を見ることができました。これが彼の時計愛を刺激したのかもしれません。

学校を卒業した後、ハンスは精密エンジニアの見習いになり、精密工学の基礎を学びます。電気が主流となる未来において、最先端の技術者は保証された職だと、ETH(スイス連邦工科大学)で電気工学を学ぶことを強く叔母に勧められていました。 そしてチューリッヒのシーメンスで初めて電気通信の仕事を得て、1926年に電気通信技術者としてアルゼンチンに派遣されます。

1932年にスイスに戻ったヒルフィカーは、SBBに技術者として就任しました。そしてその12年後、チューリッヒ駅前の広場の象徴となる駅時計を開発したのは、すでに語った通りです。

ハンス・ヒルフィカー ©︎Spinform Switzerland

ハンス・ヒルフィカーは自身の時計についてこう語っています。

技術者に言わせれば、このステーションクロックはまるで“奴隷”のようだというんです。メカニズムで動いているものは何もなく、毎分59秒以上の間、針は静止している。 なんておおざっぱな時間の測り方でしょう!

しかし、時刻表は分単位で記載されており、分針の精度のおかげで鉄道の運行に問題はありません。赤い丸が秒針の先端についていることで、離れたところからでも秒針の動きは確認することができるし、その赤は、昼間、非常に見やすいのです

ハンス・ヒルフィカーという名前を、SBBを超えて世に広く知らしめることになったのがこの、“ステーションクロック”にほかなりません。

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そして1986年。スイス レイルウェイ ステーションクロックは腕時計へと姿を変えます。
折しも、SBB(スイス連邦鉄道)はすでに民営化され、さまざまな変化がスイスに訪れていた時のことでした。

その頃、モンディーン社のオーナーであるバーンハイムと彼の息子たちは、新しい時計のアイデアを探していました。バーンハイム兄弟は、消費者の嗜好がよりシンプルなデザインのものへと変化していくと考えていました。そのため、バウハウス、ウルム造形大学や、当時のモダンデザイナーたちによって広められた、なめらかで機能的なデザインを望んだのです。

家のリビングで集めたケースや、文字のデザインを組み合わせたりしていくなかで、デザイナーのDonald Neuburgerは、ライバルだったRuedi Küllingの文字盤と、自身がデザインしたモンディーン社の時計のメタルケースを組み合わせました。

この2つを一緒にすると、まるでスイスの国鉄駅の時計のようだ。
おまけに、腕時計にもふさわしいんじゃないか?

モンディーン社はこのアイデアを気に入り、ステーションクロックのデザインライセンスを取得するため、SBBにコンタクトを取りました。そして1986年、初めての“スイス国鉄オフィシャルウォッチ”が誕生します。

ウィットと新しいものへの好奇心、そして伝統に縛られない柔軟さ。いくつもの偶然が重なった幸運が、駅の時計を腕時計へと変化させたのです。

1944年から、75年が過ぎようとしています。
今もなお、愛されている「スイス レイルウェイ ステーションクロック」。
駅を行き交う多くの人々の姿を見守り続けてきたこの時計は、形を変えて、私たちの腕元を飾りながら今も正確に時を刻んでいます。

スイス レイルウェイ ステーションクロック スイス レイルウェイ ステーションクロック

モンディーン『スイス レイルウェイ ステーションクロック 75周年記念モデル』
各32,000円+税